少年は電車が好きだった・・・
ただただ好きだった。
電車は大きく速く、そして線路は何処までも例えばあの青い夏の空のように果てしなく続いている気がした。
電車から見えた広い田んぼの景色、鉄橋から見えた大きな河、広い海は少年だけのものになり、ワクワクしたトンネルを抜け出たら、そこにそびえ立つ大きな山さえそのスピードで追い抜き、電車は少年に飽きることのない景色を見せ続けながら何処までも走り続けた。
なのにあんなに大好きだった電車は、いつしか少年を駅に置き去りにしたまま、遠くへ向かって走っていき、いつしかトンネルの中に消えて汽笛だけを残し見えなくなってしまった・・・
夕暮れの無人駅。
泣きながら電車を探し続けた少年の元にもう電車は走って来ず、小さな手から落ちた行き止まりの切符、風に舞って彼方へ消えていったあの遠い夏の日。
いつしか大人になった私は再び今、駅にいる。
もう泣きもしない・・・
もう求めもしない大人の私・・・
電車を失った私は今では自分の車を持つようになり、何処へ行くにも車で出かける。見える景色は特別でもなんでも無く、永遠に続くとも限らない退屈な日常の景色。
遠くからやって来る電車に私の心は不安にかられた。
無人駅はあの日のままに、月日を重ねて大きくなった私の影がホ-ムに入ってくる電車にちぎれてはちぎれてはまた浮かんでくる。
電車はもう少年じゃない大人の私を乗せて何処へ行こうというのか?
電車に乗り席に座った私・・・
走り出した電車のそのスピ-ドに呼び起こされるように目に飛び込んでくる景色のひとつひとつ。
長い時間の間に埋もれていってしまった景色、けれど錆び付かない景色。それは原色の景色。少年だった私が夢中になったあの景色。
ふと、電車の窓に映った自分が一瞬、少年だったような気がして振り返った私・・・
私は今まで不思議に思っていた事がある。
何故少年だった私はあんなにも電車を求め、そして魅せられていたのか?なんとなく、分かったような気がした。
電車は「線路」という自分だけに許された道を走っているからなんだね。
その誰も走る事のできない道から見える特別な景色を忘れられない景色にして、そこに乗った私達にも見せてくれているからなんだね・・・。