そして男は時計を捨てた・・・

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古代日本史ロマン(3) 古墳時代に形作られた墓の概念

やがて時代は天皇や皇族の時代に入っていきます。


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大阪の堺市にある日本最大の前方後円墳「仁徳天皇陵古墳」を含む49の古墳で構成する大阪府の「百舌鳥・古市古墳群」が2019年7月に世界文化遺産に登録されました。


天皇や皇族が埋葬されたとして宮内庁が管理する「陵墓」の登録は初めてのことです。



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その他に最古級の前方後円墳の1つとされている京都府向日市にある五塚原古墳で、ふぞろいな川原石で築いたとされる竪穴式石室が見つかりました。川原石が用いられるのは、弥生時代末期に瀬戸内地域でよく見られた伝統的な手法ですが、中国の墓制の影響を受けたと見られ、次第に板石積みで築かれていったと考えられています。


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大豪族の蘇我蝦夷の墓説がある奈良県明日香村にある小山田古墳は南辺が80メ-トルを超える可能性があり、飛鳥時代最大の古墳であることが確実になりました。



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同じ奈良県香芝市の平野塚穴山古墳では墳丘を覆った石が発見され、その石は近くの二上山の凝灰岩であり、装飾用だと推定されます。この石で覆うのは天皇陵と考えられる古墳でしか確認されていないことからも、かつて王族の墓であった可能性が高まりました。



墓という概念が竪穴式から古墳へと進んでいく移行期にあたる時代が古墳時代といわれる時代なのです。