そして男は時計を捨てた・・・

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日本のアイドルの元祖 「日本少女歌劇座」

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その昔、大正時代の1920年代から戦後の1950年代にかけて全国をくまなく巡業して回った劇団がありました。


「日本少女歌劇座」という劇団です。



当時、奈良や宮崎を拠点として、台湾や満州などでも公演した「日本少女歌劇座」。これまでこの劇団はほとんど知られていませんでした。



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日本少女歌劇座は1921年頃に大阪の日下温泉で誕生しました。その後、島興行社の直営となり、1936年に宮崎県へ拠点を移しました。宝塚歌劇団のような本拠地の劇場公演を軸にするのではなく、当時の鉄道網をフル活用して巡業しました。



1928年の公演は37道府県の134ヶ所で、ほとんど休みは無し!東京や大阪の都市部は素通りして地方公演を重視しました。


座員たちも地方出身者が多数を占めました。


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昭和一桁代のトップスタ-は富山県出身の山路妙子さん。昭和10年代では、秋田県出身の雲野幸子さん、北海道出身の華村君子さん、山形県出身の吉野恵美子さんの3トップが大人気でした。



座員の出身地で公演が行われる際は、「郷土訪問公演」と銘打って故郷に錦を飾らせ、記事や広告など地方紙との連携にも力を入れました。


演目は「東洋一周」などのレビュ-の他に団員が横一列に並びステップを踏むラインダンスが演じられました。


やがて終戦後も劇団による公演は続けられましたが、活動の記録は1957年で途切れてしまい、解散した正式な時期や理由は今もって不明のままです。


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全国的に見るならば、日本少女歌劇座によって初めて歌劇に触れた人も多かったかもしれません。



そして、日本少女歌劇座は今に続くアイドルたちの戦略に通じるものがあります。それは、ファンがわざわざ遠方まで見に行くのではなく、毎年1度同じ時期に「会いに来てくれるアイドル」


彼女たちは元祖AKB48?!いや、日本のアイドルの元祖なのです。