そして男は時計を捨てた・・・

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海と和解する 東日本大震災から9年が経って

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東日本大震災で大きな被害を受けた岩手県陸前高田市に昨年秋、国営の高田松原津波復興祈念公園が開園しました。国による自然災害の追悼施設の建設は初めてです。災害が続いた平成という時代で甚大な被害をもたらした大災害の死者を重視しようという国の姿勢が鮮明です。



防潮堤に設けられた階段を上って、最上段に行くと、目の前には広田湾が穏やかに広がります。防潮堤の上に設けられた10メ-トル四方のスペ-スは「海を望む場」と名付けられています。



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陸前高田市の公園には震災の記憶を伝える「津波伝承館」と「道の駅」が設けられていて、週末は観光客たちでにぎわいます。数多くの死者や行方不明者をもたらした海は巨大な防潮堤に遮られて見えません。



この公園を設計した建築家の内藤廣さんは建築専門誌で「人と自然」「防潮堤と街」といった対立を「和解」へと誘いたかったと言っています。


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「海を望む場」を「祈りの場」と名付けなかったこともポイントです。地元の人たちはそれぞれに祈る場所を持っていて、押し付けないようにするためだそうです。



被災地には数えきれないほどの祈りの場があり、陸前高田市にも、公園から歩いて15分ほどの道ばたや消防団の詰め所の跡地にほこらが存在します。震災で活動中に命を落とした11人の名前が記されており、花が供えられています。


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公園を訪ねるのは身近な誰かを亡くした人ばかりではありません。よそから来た人が手を合わせる場所と、地元の人が死者と向き合う場所は、ズレが生じ、祈りの質は違います。



どれほど身近な死者であっても、時がたてば痛みとともに記憶は薄れていきます。たとえ亡くなった個々の名前は忘れても、死者の存在そのものを忘れないでいることの証が慰霊碑などの存在なのでしょう。



逆をいえば慰霊施設は死者を思い続けることの難しさを照らし出しているのかもしれません。