そして男は時計を捨てた・・・

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ザ・音楽 「ビ-トルズ」 #1

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みなさんはビ-トルズというロックバンドを知っていますか? 20世紀を代表するグル-プと呼ばれるだけではなく、「人類の遺産」とまで形容されるほど、そしてその影響力は時代を飛び越えました。


ビ-トルズが活動したのは、たったの8年間です。その短い年月の間にビ-トルズが初めて成しえたことはどれだけあったのでしょうか?


「ビ-トルズは60年代にすべてを与えてきた。」


これはビ-トルズのリ-ダ-だったジョン・レノンの言葉です。


これから不定期ですが、ビ-トルズの歴史をブログで振り返っていきたいと思います。


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第1章 その1 「ビ-トルズ誕生からプロデビュ-まで」


ここはイギリスの港町リバプ-ル。そのリバプ-ルに4人の若者たちが誕生したのは、第2次世界大戦終結まで何年かを待たなければならない戦時下でした。


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1940年10月9日、ジョン・レノンは、ドイツ軍による空襲の最中リバプ-ルの産院で産声をあげました。船員だった父はジョンが物心つく前に失踪し、母ジュリアの再婚によってジョンは名付け親でもある叔母のミミと彼女の夫のジョ-ジ・スミスに育てられることになります。


ジョンは小さい頃からルイス・キャロルの作品を読むのが大好きなとても早熟な子供でした。


戦後の復興期であった1955年に公開されたアメリカ映画「暴力教室」はイギリスでも大ヒットとなり、映画の主題歌に使われたビル・ヘイリ-&ヒズ・コメッツの「ロック・アラウンド・ザ・クロック」はアメリカで生まれた新しい音楽であったロックン・ロ-ルとしてイギリスの若者たちに浸透していきました。


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それと同じ時期にイギリスに「スキッフル」というブームが起こりました。「スキッフル」とは1956年に全英第1位となったロニ-・ドネガンの「ロック・アイランド・ライン」などの音楽スタイルを呼ぶ言葉で、手近な楽器や洗濯板などの物でバンドを組めるその手軽さが人気を呼び、イギリスでアマチュアのスキッフル・バンドが次々と結成され、一大バンドブームが沸き起こりました。


当時、エルビス・プレスリーに憧れてギタ-を一生懸命弾いていた15歳のジョンも当然のようにこのブームの洗礼を受け、ジョンは友人を集めて「クオリ-メン」というバンドを結成して演奏を始めました。


1957年7月、ジョンがウ-ルトンにあるセント・ピ-タ-ズ教会のお祭りにクオリ-メンを率いて出演していた時、たまたま演奏を見に来ていたポールと初めて顔を合わせたのです。


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ポール・マッカートニーは1942年6月18日、ウ-ルトンの総合病院で、綿花の営業員をしていた父のジムとリバプ-ル市の地域健康指導員だった母のメアリ-との間に生まれました。父はラグタイム・バンドを結成してピアノやトランペットを演奏していたれっきとした音楽家であり、後に花開くポールの音楽的才能は父親譲りのものだったのかもしれません。


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14歳の時にロニ-・ドネガンのライブに触発されて以来ギタ-を練習してきたポールはジョンの前でエディ・コクランの「トゥエンティ・フライト・ロック」などを披露し、歌詞やコ-ド進行を把握していることに感心したジョンは、やがてポールをクオリ-メンのメンバ-として迎え入れました。


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ジョンとポールの二人は、ポールの家でギタ-を猛練習し、一緒に自分たちのオリジナル曲を作り始め、ここに晴れてレノン=マッカートニーというソングライティング・コンビが誕生したのです。