そして男は時計を捨てた・・・

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文字を通してみれば、そこにあるものは・・・

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「日本人はなぜ漢字を学ばなければいけないのか?」


みなさんにたずねるまえ前に自分にたずねてみる。


僕もなぜなのだろうと思う・・・


漢字研究の第一人者で立命館大学教授を務めたことがある白川 静氏(1910~2006)は漢字を通して古代の社会や生活を解明し、中国などの東アジア研究を発展させていきました。


日本人が漢字を学ぶその理由を日本語に「おもう」と、それを表す漢字から白川氏は教えてくれます。


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「思想」の「思」と「想」も、どちらも「おもう」と読める漢字です。しかし、日本語の「おもう」には「考える」などの意味はそもそもなかったのです。


「おも」は「面長」などの「おも」で顔のことを指し、その動詞であった「おもう」は驚いたリ怒ったり、顔色がパッと変わることでした。


しかし日本人が漢字と出合い、これを輸入して日本語を筆記していく過程で、色々な「おもう」の意味を獲得していったのです。


「思」の「田」は頭の骨の形を指し、考える働きのある「頭脳」に「心」を加えて「考える」の「おもう」の意味となりました。


「想」の「相」は茂った「木」を「目」にしていると、木と人が交じり合い、木の生命力によって人の生命力も盛んになることから「相」には「お互い」の意味があります。これに「心」を加えた「想」は「木」との相互交流的な意味を「人」との関係に及ぼして「おもう」ことを意味します。そこには「遠く想いを馳せる、思いやる」の意味があるのです。


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「念」の「今」は「栓のついている蓋」の形です。つまり「心」に蓋をして、じっと我慢して心の中で深く「おもう」ことです。


このようにして日本人は漢字と出合うことにより、さまざまな意味合いを持つ「おもう」という概念を獲得してきたのです。もし、日本人が漢字に出合わなければ「顔色が変わる」という原始語に近い「おもう」という意味しか持たなかった可能性があります。


日本人は漢字を媒介にすることによって、その知性や思想を高めてきたのかもしれませんね。