そして男は時計を捨てた・・・

ブログ「そして男は時計を捨てた・・・」は、 みなさんの知らなかった知識や情報入手をお手伝いしていきます。ぜひこのブログを活用して、みんなで勉強していきましょう!画像のないテキスト中心のブログです👍毎日、記事更新中!土、日は更新多めです。たくさん更新するよ😚いろんな人たちにシェアしていってください👍1万記事を目指してひとり編集長はがんばります❗編集長と一緒に冒険しよう😊 

「魔女狩り」を現代に伝えるデンマークの博物館?!

f:id:Cupidpsyche:20201114161258j:plain



デンマークの町リーベにある「魔女狩り博物館」・・・。


そこには音を立てて燃え上がった炎が、金切り声を上げる女性の体にまるでなめるように広がっていく様が・・・女性は生きながら焼かれていく・・・デンマークにある「魔女狩り博物館(Hex! Museum of Witch Hunt)」は、暗黒の時代を現代によみがえらせ、訪れた者たちを恐怖に陥れているようです。



博物館はリーベ(Ribe)という町の、かつて「魔女ハンター」をしていた男の家にオープンしました。魔女に対する恐怖が、16~17世紀にデンマークと欧州全域に吹き荒れた迫害の嵐にどのようにしてつながったかを明らかにしているのです。


博物館の歴史学者ルイーセ・ハウベア・リンゴー(Louise Hauberg Lindgaard)氏がAFPに語ったところによると、欧州全体で約10万人が魔女裁判にかけられ、5万人もが火あぶりにされたといいます。そして、その大半は、悪魔と共謀していると見なされた女性だったといいます。



欧州で最も盛んに魔女狩りが行われた国ドイツでは、1万6500回に上る裁判が実施され、その4割以上で告発された者が火あぶりの刑に処せられました。デンマークでは、1000人が死刑となり、国全体の人口が当時は100万人程度だったことを考えると、かなり大きい数字だといえます。



f:id:Cupidpsyche:20201114161512j:plain



当時、デンマーク国内で魔術に対する反感が高まったのは、主に国王クリスチャン4世(King Christian IV、在位1577~1648)のせいだといいます。



クリスチャン4世の統治下では、魔術の行使を禁じるデンマーク初の法律が1617年に導入され、黒魔術師たちがはりつけになりました。法律導入後の8年間には迫害が横行し、5日に1人の「魔女」が火あぶりにされたといいます。



クリスチャン4世にとって、魔女の迫害は、臣民を大切にする良きキリスト教徒の印象を与えつつも自らの権力を保持するための手段だったのです。それは、義兄のスコットランド王兼イングランド王ジェームズ6世(King James VI)を含む多くの同時代の王たちにとっても同様のことでした。



2020年6月末にオープンした魔女狩り博物館は、最初の1か月間の観覧客数が1万人に上り、好結果の要因は涼しい夏だったことと、人気のあるテーマであることの両方にあったのでしょう。



ハウベア・リンゴー氏は「一般の人々が持つイメージによって魔女狩りの時代の『歴史的真実』はあやふやになり、新たな解釈が加えられているため、人々が『実際に何が起きたのか』を知りたいと願って、ここを訪れていることを確かに感じる。興味深い」と語っています。


大半の「魔女」は女性だったが、最大で4人に1人は男性だった、と同氏は指摘していて、独身で、コミュニティーでは立場が弱く、かなり貧しかった場合がしばしばだといいます。



f:id:Cupidpsyche:20201114161556j:plain



さも不気味なBGMが流れる館内では、ほうき、魔よけ、人形や他の展示品とともに拷問道具が陳列され、魔女裁判の再現アニメが放映されているそうです。



博物館が入っている建物自体も由緒あるもので、16世紀末にこの建物を建てた「魔女ハンター」は7件の裁判で重要な役割を果たし、そのうちの3件で被疑者が火あぶりの刑に処せられました・・・


日本ではあまりなじみの無い「魔女」。 日本では「美魔女」の方がなじみはあるかもしれませんね😉