そして男は時計を捨てた・・・ひとり編集長の冒険

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70年前の消防資料が語り出す教訓とは・・・ 

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色あせた冊子は、70年という時の流れを物語ります。それは岡山市消防局に眠っていた昭和25年の火災原因分析カードです。その年に起きた火災について記録したもので、そのうちの1枚が今回、特別な許可を得て初めて公になったのです。



「二十日午前二時頃発火し、天井を伝って同室から隣室へ、更に二階建ての寄宿舎に延焼したものと認められる。静養室(1階西端にあった部屋)が真っ赤になって・・・」


その火災は、昭和25年12月20日未明に発生し、岡山盲学校・聾(ろう)学校の児童生徒が住む木造2階建ての寄宿舎を全焼したのです。


当時、1階で寝ていた盲学校生は全員無事でしたが、2階にいた耳が聞こえない聾学校生72人のうち、小学部1年から5年までの16人が亡くなりました。危険を知らせるために打ち鳴らされた太鼓の音は彼らには届かなかったのです。




聞こえる人と聞こえない人との違いがあったのでしょうか?例えば(聾者は)聞こえなくても見えます。けれど夜だったら真っ暗です。


それでは、当時、避難訓練は実際にあったのでしょうか?



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火災から70年がたち、その教訓を生かそうという動きが生まれました。


岡山市消防局では、2020年4月、火災予防のための新しい部署ができました。


その岡山市消防局予防課予防企画係は、過去の火災を分析し直し、予防に役立てようと設立された部署で、消防局内に残る書類を1枚1枚読み解いています。


これまでは、どういった火災が何件あったのかを分析していましたが、ただ現在は、もっと深いところを。例えば、どのように被災時に行動していたのかを分析することで、最適な避難方法を検証することを求めています。


その中で見つかったのが、今回の70年前に記された寄宿舎火災の記録だったのです。


当時、寄宿舎は木造の2階建てで、天井裏が全ての部屋につながっている状態だったようです。そして、晴れた乾燥した12月であれば、火の回りはすごく早かったのでしょう。


岡山市消防局が2019年に行った火災実験では、いったん火がつくと、火の手は真上に上がり、天井を通じて広がることが結果として出ており、


当時の記録には、「部屋が真っ赤で、バケツで消火した」と記されていたそうです。


本当に真っ赤だったのなら、消火よりは先にするのは避難です。今、分析中だそうですが、消火の判断を誤っているようなものがたくさんあるといいます。


避難する上で重要なのは、いかに早く火災に気付くかどうかです。目の不自由な子どもは助かり、耳の不自由な子どもは助からなかったその要因の1つに、「音」による危険の察知が出来なかったことが挙げられます。


火災が実際に起こった時によく言われるのは、大きな音がすると言われることです。燃えた時に何かがはじけたり、実際に崩れたりし、(火災に気付くのに)音は大事ですが、寄宿舎の火災に関しては、耳が聞こえない方が犠牲になっているのです。



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今回の分析をもとに、岡山市消防局では、11月9日からの秋の火災予防運動の期間中に商業施設でイベントを行い、防火や聴覚障害者の避難などについて啓発することにしています。


また、火災の教訓は、現在の聾学校寄宿舎でも生きているといいます。


それは、全ての部屋に、非常時に点灯して危険を知らせる表示や、その時何が起きているかを端的に知らせ、どこに逃げたらいいのかがわかるカードが備え付けられていることです。


このほかにも、一緒に逃げるペアを決め、火災の状況に応じた複数の避難経路を日頃から確認していて、火災だけでなく、地震や豪雨などの災害時にも備えているのです。



当時の火災原因分析カードの最後には「避難訓練の必要」、「痛感」という消防の意見が記されてあったのです。


16人が亡くなった岡山盲・聾学校寄宿舎火災。70年前に記された当時の記録は、これからも火災の教訓を語り継ぐのでしょう・・・