そして男は時計を捨てた・・・

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長い間お疲れ様でした!86年間営業してきた「街の顔」の閉店物語 福岡県行橋市

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福岡県行橋市の県道行橋停車場線(通称・駅前通り)拡幅事業で立ち退き対象となる老舗ミシン販売店の米山商会(中央3丁目)が、今月で閉店します。


市中心街を貫く通りで86年間という長い間営業してきた「街の顔」の一つです。店内に展示している江戸末期や明治、大正、昭和の希少なミシンは、閉店後に市歴史資料館に寄贈することになっています。



1916(大正5)年、裁縫の新時代到来を予感した初代米山栄助さんが豊前市で開業を開始しました。1934(昭和9)年に現地へ移転し、木造2階建ての2階では洋裁学校を経営。戦時中は1階が軍需工場となって軍のシャツなども作りました。戦後は主流だった米国シンガー社の総代理店となって九州に販売店を広げる役割を担いました。


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2代目辰次さんの一人娘、敏子さん(79)と現社長の信雄さん(83)は結婚した1962年から実質的に店を運営してきました。2代目の頃は、購入ミシンを持ち帰るためのリヤカーが店の前に列をつくるほど売れました。その後も国産品が主流となり好調は続いていました。しかし、20年くらい前から売り上げは少しずつ下火になっていきました。ミシンといえば昔は必ず嫁入り道具にしたものです。


ただ、今もミシンを持つ家庭は多く、経営に行き詰まるほど不調ではありませんでした。特に最近のコロナ禍で布マスク作りブームが起こりよく売れたのです。



子どもはいますが後継ぎはいません。今回の立ち退きを機に2人で引退を決めました。「もう高齢だから、移転して開業するのは無理。仕方ない」と口をそろえます。30日に閉店し、12月上旬には取り壊す予定だといいます。


展示コーナーには古いミシンのほか、炭を入れて熱するアイロンや昭和初期のレジなど珍品が並びます。


「江戸時代のミシンは初代が新品と交換してもらった貴重な品。ほかにも珍しい物ばかりなので、多くの人に見てほしい」と敏子さんは話します。展示品は資料館に場を移してこれからもミシンの歴史を訪れる者に語り継いでいきます。 



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店が無くなろうとも、街に鳴らされ続けたミシンの音は止むことはないのです😉